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海軍機編W


皆さんの意見でこのページはできています、
だだ、私管理者の勘違い等がありますので
間違い等見つけられたら掲示板等でご連絡いただけたら幸いです、
今後ともよろしくお願します。

参考資料、協力作画等、協力大歓迎
掲示版に書き込まれた記事、や本等の記事等
参考に簡単にまとめました。
川西水上戦闘機 強風11型 〔N1K1〕

強風の機首部分は、後期生産型の一一型を除き大型スピナを装備し
紡錘型になっているのが一つの特徴と言えるかも知れない。
増加試作機ではカウリング前方が改修されているのだが、
これは「星型発動機の抵抗なき装備法」に従い理想的な紡錘型に
近づけようとした事でカウリングとスピナのアウトラインが
接近し過ぎて気化器への空気量が十分ではなかった為に
応急的にカウリング前縁上部に紫電風の大型のエアーインテークが
増設されたと考えられる。


情報、監修、解説、masaさん
作画、おかちゃん
2004年5月31日更新
彗星12戊型  302航空隊 第3飛行隊
彗星12戊型  302航空隊 第3飛行隊 
中 芳光上飛曹 金沢 久雄中尉搭乗機 
 
302空では各隊とも撃墜マークには八重桜、
撃破には一重桜が用いられており、
他機に描かれた撃墜、撃破マークの色は桃色が用いられている事から
ヨD -228号機も他機と同様に桃色である可能性が高いと思われる。

情報、監修、解説、masaさん
作画、おかちゃん
2004年6月22日更新

341空の紫電11型甲(N1K1Ja)

従来発表されているフィリピンで捕獲された
341空の紫電に描かれた機番号とは違い、
この機体では若干で在るが変則的な機番号が描かれている。
又、通説では機体上面の暗緑色は青みが強い色調とも言われているが、
これは単にカラーフィルムの色再現性が不十分だと思われる。
 
余談で在るが強風と紫電には「バナナ」と称された
大型のフィレットが装備されているが、
これは胴体断面形とLB翼のミスマッチでは無く
LB翼に問題が在った事に起因する。
つまり、強風や紫電等の中翼配置は胴体に対して主翼を直角に
配置される事から干渉抵抗が少ないので
フィレットの必要性が無いと言われている。
東大教授の谷一郎教授の開発した
LB翼は2次元翼の風洞実験では何ら問題は無かったのだが、
実機では風洞模型で得られた主翼の表面粗さの理想値内で
製作する事が困難を来たし許容限度を超えたLB翼は
水平巡航中でも主翼付け根の後縁側で大きく剥離を起していた為に、
この問題対策として大型のフィレットが装備された経緯が在る。



情報、監修、解説、masaさん
作画、おかちゃん,図 FUKU
2004年12月24日更新
流星の極初期型の試作機
今まで流星の極初期型の試作機には
集合排気管が装備されていた事は知られていなかったが
今回、試作2号機の写真を確認した所、
明らかに装備されていた事が判明した。
武装に関して流星の設計を手掛けた
尾崎紀男氏の証言を読み返し確認した所、
もしかしたら試作機の外翼には先ず7.7mm機銃が搭載され
後の量産機では20mm機銃に改装された可能性も在るとも思えるが、
木型審査の段階で主翼付け根の7.7o機銃の搭載計画は
廃止された可能性も高く、残念ながら現状では
それらの事を明確に裏付けるだけの資料が無い為、
今後の研究課題としたい。


情報、監修、解説、masaさん、
作画、ta.gucci
2005年4月3日更新
試製軽滑空機 秋草(MXY8)
Kugisho Experimental "Akigusa Glider

試製軽滑空機秋草1号機   1号機は日の丸は胴体にある。
プラモデル制作 優一郎さん・写真 ヒカルさん
滑空機「秋草」は、従来の航空機とは大きく形態の異なる
ロケット戦闘機「秋水」の操縦訓練用として製作された機体である。
初飛行は昭和19年12月26日、
第312航空隊の犬塚豊彦大尉の操縦によって行なわれ、
操縦性、安定性共に良好であることが確認された。
尚、同機は空技廠(一技廠)で3機、横井航空で1機が製作され、
内、空技廠製の1機が陸軍に送られ
飛行実験が行なわれたと伝えられているが、
不思議なことに陸軍の柏基地で撮影された鮮明な同機の
側面写真では、ステンシル部に「一技廠第4号機」と読め
従来の説と一致しない・・・これは推定であるが、
空技廠で製作された3機とは量産機の機数を指し、
実際は試作機1機、量産機3機の合計4機が製作されたのでは
ないだろうか?

Messerschmitt 163 "KOMET" (Aero publishers,inc / 1968年)
太平洋戦争日本海軍機 (酣燈社 / 昭和47年)
日本海軍機写真集 (文林堂 / 1974年)
日本海軍機写真集 (エアワールド / 昭和62年)

情報、監修、解説、優一郎さん
作画、管理者
2005年5月19日


秋水の試作に先行して外形が全く同一で重量を極力軽減した軽滑空機と
秋水からエンジンや武装等を除いた重滑空機を作って、
機体の操縦安定性を検討する事になり昭和19年9月から10月に掛けて
木型審査が行われ翌月11月には強度試験が行われた。
しかし、その頃東海地方を襲った地震の影響により予定が大幅に遅れたが、
昭和19年12月下旬に重滑空機第1号が三菱に措いて完成し、
軽滑空機も同じ時期に一技廠で完成している。
操縦安定性に関する諸試験は主として重滑空機で行われ
昭和20年1月上旬に開始し同年3月末を以って終了した。
一番懸念された操縦安定性に関しては細かい数量的な成績は
得られなかったが、大体良好で運動性は普通の飛行機より
ずっとか軽快で在ると思われた。


[機体重量約1,000kg、]
[高度300〜500m、]
[指示速度160kt位迄の範囲。]
解説Masaさん


試製軽滑空機秋草1号機 故犬塚大尉と秋草のジオラマ 
プラモデル制作 優一郎さん・写真 ヒカルさん

J8M1「秋水」(三菱第403号)の
オリジナル羽布

写真大脇さん



J8M1「秋水」(三菱第403号)の
オリジナル羽布

写真大脇さん

ステンシル

型式 試製軽滑空機秋草 製造番号 −技廠第4號
お断わり・一部手書き文字があります。ご了承ください。
菅野大尉の乗機343A15





                               撃墜マーク拡大
 菅野大尉の乗機を撮影した方の証言では、
F6FとF4Uの撃墜マークが5〜6個でB-29の撃墜マークが
機体に2〜3個描かれていたとの証言を頂い た。 
又、複数の搭乗員だった方からもA-15号機に描かれていた撃墜マークを
見たとの証言を頂いた事から、機体に撃墜マークを描いていたのは
事実だと認めた。
 但し撃墜機数に関しては乗機を撮影した方と
元搭乗員だった方達との証言が若干違ってはいたが、
これは単純に機体に描かれた撃墜マークを目撃した時期が
違っていると考えた。
 A-15号機の外見状の特徴は胴体帯が日の丸に掛かってしまっているが、
これは菅野大尉の乗機とするあたり其れまでの1本帯から
2本帯にしなければならないのだが、既に帯の前方に 
撃墜マークが描かれてしまっている事から、
即存の帯の後方へ仕方なく帯を描いた為に新たに描いた帯が
胴体の日の丸に掛かってしまったと思われる。

情報、監修、解説、優一郎さん・masaさん
作画、おかちゃん
2005年9月13日

2015年4月15日更新
作画、ta.gucci
今でも菅野大尉の乗機の機体を
知らない方が多いと聞きましたので
新たにイラストを追加しました
参考になれば幸いです。

試製天山12型 11号機

試製天山12型 11号機

 当初、当機は集合排気管型の12型(初期型)であったが、
その後単排気管型の12型甲のテストに使用された機体。 
 試作機として、同一機がいくつものテストに使用された事が良く解る。


情報、監修、解説、、道草さん・優一郎さん
作画、管理者
2006年5月20日

























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