海軍航空本部
 海軍航空機用塗料識別標準 假規117 別冊 とは
著者 渡邊 諒一 
English version Naval Aeronautic Headquarter
わが国の航空機用塗料史 
はじめに

 創世記に輸入機を使用していた旧日本海軍航空隊は、大正10年に初めて国産の海軍戦闘機を持った。

当時はまだ木製羽布張りの複葉機であったが、その後技術が進み複葉から単葉へ、木製から金属製へ

と徐々に変わっていく事となる。 機体に使われる材料が木製羽布張りから金属へと変わるに伴い、

航空機に塗装される塗料もドープから軽金属用塗料へと移り変わっていくようになった。

 昭和5年になると、「T・T(テー・テー)金属用塗料」というベンジルセルロース系塗料が開発された。

塗膜の重量が軽く、密着性・耐油性にもすぐれていた事から、海軍からは翌年5月から採用された。

(陸軍航空本部からは昭和5年度中に正式な航空機用軽金属塗料として採用されている)

 その後、航空機用塗料も現在に至るまで進歩を続け、アルキド樹脂系・ラッカー系そして

ポリウレタン樹脂系等と変化していく様になった。

塗料の規格

 現在においても、航空機用に限らず塗料には多くの基準・規格があり、またその用途や色合いとなると

無限とも言える程の種類と奥深さが有ります。


  本稿を読まれる皆さんの中には、色見本というと「FS-595」というカラーチャートを思い浮かべる方

も少なくはないと思いますが、この日本ではFSカラーチャートとはマイナーな存在であるという事を

まず知っておいて下さい。

 「FS-595」とは、Federal Specification and Standards(アメリカ連邦規格)の595番目の規格で

あり、全世界に共通する様な色の規格では決してありません。

いわば、米国内でのみ通用する規格で、米国の色名・色番号に関する基準は他にもあります。

MIL Specification(米国軍規格)・ANA157(Army-Navy Aeronatical Bulletin)等で当然他の国々にも

同様の物があります。 BS-381(イギリス)、RAL(ドイツ)、AS-2700(オーストラリア)等々で

我が日本にもJIS(日本工業規格)・日本塗料工業会等が色名・色番号等を定めています。

飛行機の色って

 旧日本海軍機の塗装色というと、初期の頃は全面銀色が主だったようですが、迷彩が施される様になる

と一般的には、全体がグレイ系の機体や、機体の上側面が濃緑色で、下面がグレイであったり、

濃緑色とこげ茶色の迷彩であったり他にもいくつかのパターンが出来ました。

 ではこれらの色は、どの様に決められたのか? どの様な基準があったのか?

 そして他にどの様な色があったのか?

 それらの答えになるのが、この「仮規117」という規定なのです。


 今回、この「仮規117」が完全な形ではありませんが発見され、

そのほぼ全容をつかむ事ができたため、皆さんにもご紹介する事が出来ました。 

おそらくこれが、戦後初公開でしょう。

なお、この「仮規117」に記載されている色番号は、下記の写真(E3のアップ)にも示される様に

本来アルファベットの右側に付随する数字は下付の小さな文字ですが、今回のインターネット上での発表に

あたり、文字表現の制約上、下付にはならずアルファベットと同じ大きさになっている事を御了承願います。


左写真
これが、色見本帳「仮規117 別冊」の表紙
左写真
これが、色見本帳「仮規117 別冊」の表紙の裏

仮規117とは

 旧日本海軍航空本部が、昭和13年11月26日付にて航空機に塗装するために標準となる色を定めました。

その時に作られた色見本が「仮規117」です。 

零戦などの塗装色にD1やJ2等と書かれた資料をご覧になった方も多いかと思われますが、これらの番号は

この「仮規117」に記載されている番号と推測されているのです。

 今までは、既に発表されてきたいくつかの資料に記載された一部の色番号から、

それらの色が推定されてきましたが、今回の発見により、その系統だった色番号の付け方と、

その色が解明されたのです。


写真上
これが、「仮規117 別冊」のカラーチップ本体。 扇状に並べてみた。
一番上にあるのが、色番号A1 で以降色番号順に並んでいる。


内容は

 私が確認した色見本帳は、

「昭和17年4月10日航本第2943號改正」と書かれており、大きさは幅206mm 高さ114mm でした。 

表裏とも黒い表紙で綴じられ、標準符号毎に仕切りのある計42色の色見本帳です。

完全な形であれば、第1表に示される様に最大計54色あるはずですが、長年の歴史の中で失われてしまっ

たのでしょう。 

 しかし、「仮規117」で規定されている色が計54色であるという事、そしてAからQ迄の17種類の色調

に分けられていた事が解ったのですから、それも又一つの大きな発見と言えます。

説明にあたって

 では早速、色について説明してみましょう。 最初にお断りをさせていただかなければなりませんが、

この色見本帳が発行されてから60年以上の歳月が経過しており、経年変化による変色がある事を十分

ご承知して頂かなければなりません。

 しかし、太陽光にさらされていたわけでもなく、大切に保存されていたので、とても状態の良い色見本

です。

 次に「どの様な色であるか」を文字で表現する事は非常に難しいという事です。 

色々と探した結果、この色にピッタリ!という様な色は殆ど見つける事が出来ませんでした。

私は、画材店にて「日本の伝統色」「中国の伝統色」「フランスの伝統色」という色見本帳を見つけ、

それらの中にいくつかの近い色を見つける事も出来ましたが、その中の色名を書いても、その色名を説明

する事が大変です。 

 普段聞き慣れない外国の色の名前を書くよりも、少なくとも第二次大戦機やいくつかの日本の色に

ついての認識があれば、ある程度はその色調について御想像願えると思っています。

 また、色を言葉で表現するのが難しい理由は、言葉の文化もあるからです。 典型的な例が、町でよく

見かける交通信号機でしょう。 「青信号」と私達はよく言っていますが、実際は「緑色」です。

(最近、青い物も増えましたが)しかしこれは、日本語上での慣習で十分意味が通じています。 

また広辞林には、「青」の説明として「くさ色」、緑の説明として「濃い藍色」、とも表現しており、

これらも日本語の文化の一つといえるでしょう。 

どの様な色であるか

 今回の色の説明は、後記「近似色 対比表」に社団法人日本塗料工業会発行の「塗料用標準色見本帳」

をベースに色票番号を併記させていただきました。 

 しかし、番号だけでは色のイメージが全く浮かばないと思われるので、固有色名(和名)や慣用色名、

その他身近な物等の色で著者なりに紹介してみたいと思います。

【注記:

本文中(RLM**)と書かれている色番号は、ドイツ空軍塗装規定書L.Dv.521に記載されている塗色番号を、

(ANA***)と書かれている色番号は、米陸海軍機標準色規定166に記載されている塗色番号を示します。】


目次に当たる「第一表」。 色の名前としては、これしかない。
当然の如く飴色や畳色という様な色名は、存在しない。
個別に見てみよう


写真上
全てのカラーチップ右上に、この様に色票番号が黒文字で刻印されている。
左が「仮規117 別冊」、右が「塗料用標準色見本色見本帳」である。
A 褐色

確認出来たのは、4 色中3 色。

A 1 ’和名黒茶。ブラックチョコレートの様な色です。

A 2 ’先程のA 1 に赤色を混ぜた様な赤茶色。 若干色調は異なるが、マホガニーレッドの様な雰囲気を持つ色。

A 4 ’ 弁柄色よりも少し赤い茶色。 あえて表現するならば、濃い紅茶のような雰囲気の色。

B 赤色

確認出来たのは、4色中3色。

B1’ 「日本色研事業株式会社発行 改訂版 色彩小辞典(1988年度版)」によると、この色をgarnetと呼び、

 和名の海老茶色に近いと記されている。

B3’明るい赤色。 色鉛筆の朱色(VERMILION)が近い。 

B4’少し濃い色をした柿の様な感じ。 樺色(burnt orange)に近い色。

C 黄色

確認出来たのは、4色中2色。

C2’俗に言う黄橙色、濃い黄色。

C1’と‘C3’が確認出来なかったので、断言は出来ないが、この色が味方識別色に使用された色と推測出来る。

C4’たんぽぽの黄色を薄くした様な感じ。 西武ロフトのイメージカラーに近い。

D 緑色

 確認出来たのは、6色中4色。 またこのD系列とM・N系列は、番号が「0」から始まっています。

D0’緑といえども緑の入った濃いグレイで、ドイツ空軍機迷彩色のグレイ・グリーン(RLM74)に近い。 

D1’これも緑と言うより、少し緑の入った濃いグレイといったイメージです。 

 ドイツ軍車両に塗られていたフィールド・グレイの様な感じ。 

D3’夏場の葉っぱの様な気持ちの良い濃い緑色。 

 色彩小事典には、英名:Bottle Green、仏名:vert bouteille、和名:千歳緑と紹介されている。 

D5’これは、濃緑色と言うより、深緑色といった方が正解でしょう。

 色鉛筆の緑色をしっかり塗るとそっくりです。

E 青色

確認出来たのは、4色中3色。

E1’濃紺色、インクの青色の様な色。 

E2’灰色がかった青紫色とでも言うべきであろうか、表現が難しい色の一つです。 

E3’スピットファイア等に塗装されたアズー・ブルー(ANA609)より灰色がかった青色。

 Sonyのイメージカラーをもっと濃くしたような感じ。

F 藍色

確認出来たのは、3色中2色。

F1’濃い紺色。米海軍機迷彩色シー・ブルー(ANA606)より若干青い。 

F2’JISの慣用色名で鉄色という。 暗い青緑色で呉須という藍色の顔料の色。

F3’見た目は、藍色というより深緑色でした。 

 若干青みのある濃緑色とでもいうべきで、RIHGA ROYAL HOTEL のイメージカラーに使われている緑色に近い

G 菫色

このG系列は一色のみで、濃い青色。

 英国王室のオフィシャルカラーであるロイヤル・ブルーや小林製薬株式会社のイメージカラーに近い。 

H 茶色

確認出来たのは、4色中3色。

H1’英空軍機等に塗られたダーク・アースに近い。

H3’先程のダーク・アースをもう少し明るくした様な感じ。 

 北アフリカ戦線でドイツ空軍機に塗られた、サンド・イエロー(RLM79)に近い。 

H4’英空軍機に使用されたミドルストーンを明るくした様なベージュ色、

 もしくはイタリア軍の北アフリカ戦線に配属された機体の色(Italian Sand Yellow)に近い。

I 土色

3色全てを確認出来ました。

I1’ 米陸軍機等に塗られたオリーブ・ドラブ(ANA613)に近い。 

I2, I3’共きれいな泥土色という様な色ですが、I2の方が色は濃い。 

 零戦などの機体にはこのI3が中塗り色として使用されたようですが、このI3を「飴色」と勘違いしている方が多いかもしれません。

ちなみに「飴色」とは、べっこう飴のような色(濃いオレンジ色)であり、この色とは似てもにつかない色です。

J 灰色

確認出来たのは、3色中2色。

J1’濃い鼠色。 ドイツ空軍機機内色のブラック・グレイ(RLM66)より少し明るい。

J2’空技報0266には、青灰色と紹介されているが、私が見たカラーチップは、緑灰色というイメージでした。

 残念ながら皆さん待望の‘J3’は確認出来ませんでした。

K 灰青色

確認出来たのは、4色中3色。

K1’文字通り、灰色がかった青色。 あいねずみ色と呼ばれている色に近い。

K2’ K1より灰色が強く、米海軍機迷彩色インターメディエイト・ブルー(ANA608)に近い。

K4’明灰緑色。 一般的に日本陸海軍機の下面色と言われている様な色より緑が濃い。

L 鼠色

3色全てを確認出来ました。

L1’茶色がかった濃い灰色で、朽葉色(umber)より灰色が濃い。

L2’若干黄色みのある灰色。 灰汁色(Covert Gray)より少し濃い。

L3’日本機の下面等に塗られていた様な明るい灰色。

M 灰緑色

確認出来たのは、4色中3色。

M0’読んで字の如く、灰色がかった緑色で、緑色の薬草の葉を乾燥させた様な感じ。

M2’M0より緑色が濃く、青磁色に緑を混ぜた様な感じ。 

M3’明るい緑色。 絵の具の緑色にごく少量の灰色が混じった様な感じ。

N 小豆色

4色全てを確認出来ました。

‘N0’和名では黒茶、まさしくチョコレート色。

‘N1’一般的に言われる焦茶色。

‘N2’ミルクがたっぷり入ったチョコレートの様な色。

‘N3’この色が、なぜ小豆色のグループに入っているのか理解に苦しむ。 
 色的には、色票番号H4より若干薄いだけです。

O 白色

P 銀色

Q 黒色

この3色については、特に解説する必要は無いと思われますので、省略致します。

検討と推測

 旧日本海軍機の塗装に関する当時の資料としては、今では私達の目に触れる事が出来るようになった

「空技報0266(零式艦戦迷彩ニ関スル研究)」がもっとも有名でしょう。

 もちろん、印刷の関係で、色合いが変化している事は十分承知していますが、掲載されていた色見本と

今回の「仮規117 別冊」とを比較してみる事にしました。

 

 先にも述べた様に今回の色見本帳は残念ながら完品ではなかったため一部しか比較する事が出来ません

でしたが、その内容を検討してみましょう。

 比較出来たのはD1とJ2の2色。 まずD1から始めてみよう。 

 「空技報0266」では“濃緑黒色”と表現されており、見た目も零戦などに塗られていた一般的に言う

“濃緑色”といった感じであるのに対し、「仮規117」の方は、フィールド・グレイの様な感じ。

 次に、J2は「空技報0266」では“青灰色”と表現されており、見た目は青みのある灰色であるのに対し、

「仮規117」では灰色がかった濃緑色といった感じである。 

 これらの色を見て、変色・退色を考慮しても違いすぎるのが大きな疑問となる。

 ならば「空技報0266」に採用されている色票番号は、「仮規117」以外の塗料規格による可能性も有る

のではないでしょうか?

 私達は、「空技報0266」に採用されている色票番号は、「仮規117」の番号と思い込んでいますが、

「空技報0266」の中に「仮規117」という文字は一度も出て来ないのです。

又「仮規」とは「仮の規定」の事ですから、別途「本規定」というのがあっても何ら不思議ではありません。

 現に昭和20年2月5日付にて航空工業會第二化学工業會第六部會という所から

「日本航空機規格 規第8606 航空機用塗料 色別標準」という陸海軍機を問わない色票見本が発行されて

います。 時期的には、この識別標準が「空技報0266」(昭和17年発行)に使われた事はあり得ませんが、

「仮規117」ではない可能性も捨てきれないのではないでしょうか?

本稿が、今後の旧日本海軍機の塗色に関する研究に関して一石を投じる事になれば幸いである。

最後に

 今回ご紹介させていただいた「仮規117 別冊」は、ある大手塗料メーカーである、

A社にて大切に保管されているものを特別に公開していただいたものです。

「仮規117 別冊」を公開していただき、かつ同社の担当課長の全面御協力により、

「近似色 対比表」を制作する事が出来ました。 この場をお借りして、厚く御礼を申し上げます。

 又「仮規117 別冊」に関し、

本稿の読者の皆様方が、何らかの形でA社に直接お問い合わせをしていただきましても

基本的には対応していただけませんので、その点御了承願います。

<参考資料>

日本色研事業株式会社

「改訂版 色名小辞典」(1988)

社団法人日本塗料工業会

塗料用標準色見本帳(2003年B版)

Federal Standard 595B

Federal Standard Colors (1989)

MONOGRAM

THE OFFICIAL MONOGRAM US NAVY & MARINE CORPS AIRCRAFT COLOR vol.2 (1989)

THE OFFICIAL MONOGRAM PAINTING GUIDE TO GERMAN AIRCRAFT 1935-1945 (1980)

IPMS

COLOR CROSS-REFERENCE GUIDE (1988)

学習研究社  

歴史群像 Vol.33 零式艦上戦闘機2 (2001)

その他

A社○○周年のあゆみ (非売品)

 

海軍航空機用塗料識別標準 仮規117 別冊
近似色 対比表
仮規117 近 似 色 備 考
標準符号 塗色名 塗色番号 日塗工番号 FS 595b 色名小事典
褐 色 A1 B09-20D 10049 63
A2 B07-30L 10076
A3  欠落
A4 B09-40L 20109
赤 色 B1 30160 27
B2  欠落
B3 B05-50V 21400 21
B4 B09-50T 22203
黄 色 C1  欠落
C2 B17-70X 13432
C3  欠落
C4 B22-80V 13655 75
緑 色 D0 26081
D1 16081 217
D2  欠落
D3 24108 124
D4  欠落
D5 14110 117
青 色 E1 B75-20L 15048 154
E2 B77-40L
E3 B72-50L
E4  欠落
藍 色 F1 25045
F2 125
F3 (24108) 24108より
若干青い
菫 色 G1 B77-30T 155
茶 色 H1 B19-40D 20095
H2  欠落
H3 B17-50F 10219
H4 B19-60H
土 色 I1 B25-40D
I2 B22-50D
I3 B22-60D 20318
灰 色 J1 BN-40 又は
B75-40B
36118
J2 B45-40B 34159
J3  欠落
灰青色 K1 25109 166
K2 B69-50D
K3  欠落
K4 B45-70B
鼠 色 L1 B15-40B 30097 219
L2 B25-50B 16350
L3 B65-60B
灰緑色 M0 B37-50D 34226
M1  欠落
M2 34227
M3 B42-50L
小豆色 N0 20045 63
N1 B15-30B 10045 62
N2 B15-40D 20140
N3 B19-60F
白 色 O1 BN-93 17925 201
銀 色 P1 17178
黒 色 Q1 BN-10 17038 220
注記: この対比表を作成するにあたり、下記の資料を使用した。
(社)日本塗料工業協会  塗料用標準色見本帳 2003年B版
Federal Standard 595B (1989)
日本色研事業(株)  改訂版 色名小辞典 (1988)

2005年1月1日公開。





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